ピーターマッキー氏は1889年に近傍のラガヴーリン蒸留所の所有者となり，1890年に今にも残るブレンデッドウイスキー「ホワイトホース」を生み出した人物になります。彼は非常に個性的でエネルギッシュな人物であり，休みなく働き続ける様から「レストレスピーター」の異名をつけられるほどの人物でしたが，1900年前後にはラフロイグと揉め事を起こしていました。

　当時はブレンデッドウイスキー市場が拡大している時代であり，ラフロイグも例にもれず，生産される原酒の大半がブレンデッド用としてピーター氏らに購入されていました。加えてピーター氏は1800年代前半頃よりラフロイグと代理店契約を交わしていましたが，この契約内容がラフロイグの原酒の大多数を自分のブレンド用に要求するものであったらしく，ラフロイグにとってはシングルモルトとしてのブランディングに自由が効かない非常に不利なものであったとか。

　ラフロイグの経営陣はこの契約に長年頭を悩ませていましたが，1907年に転機が訪れます。

　蒸留所創設者のドナルド・ジョンストン氏の姪の子にあたるイアン・ハンター氏が島に戻り，ラフロイグの経営に携わることっとなったのですが，早々に思い切って1907年にピーター氏との契約を打ち切りました。もちろんピーター氏は不利益を被りたくないため，契約解除が違反だとして裁判を起こしますが，あえなく敗訴。
　しかし癇癪持ちであったピーター氏は納得がいかず，激昂してラフロイグ蒸留所を物理的に潰すことを決意。そしてラフロイグが仕込み水を引いているキルブライト川に石を投げ込んで水を完全に遮断してしまいました。ウイスキー作りにおける最重要要素のひとつである水源を失ったラフロイグは為す術もなく，操業不能状態に陥ってしまいます。もちろんラフロイグも黙っている訳にはいかず，直ちに裁判を起こします。

幸いにもすぐに勝訴して（どう考えても当たり前ですが…）水路が復旧されました。

　ここまでで既に2度の裁判を伴う揉め事に発展していながら，恐ろしいことにピーター氏のラフロイグを欲する願望は止まることを知らず。次は完全なラフロイグの複製を作るために動き出しました。

　まず彼が実施したのはある種のスパイ活動で，ラフロイグで勤務する職人をヘッドハンティングし，ポットスチルやレシピなどの内部事情を完全に網羅した複製である「モルトミル蒸留所」をラガヴーリンの敷地に作りました。
　しかしながら完全な模倣をもってしても，ラフロイグに近い原酒を作ることはできなかったらしく，結局この試みは失敗に終わることとなりました。

　ハンター氏もピーター氏に負けない個性的な人物だったらしいので，ピーター氏にとってはどこか張り合いがあったんですかね…

エリザベス・ウィリアムソン氏（通称ベッシー）は1954年〜1972年にかけて蒸留所のマネージャーとして，ラフロイグを率いていた人物であり，女性初の蒸留所所長・経営者としてその名を馳せた人物でした。
　ここではそんなベッシーの功績を再確認するべく，彼女の来歴を軽く辿ってみようと思います。

まずベッシーは1932年にグラスゴー大学の薬学部を卒業していましたが，不況のご時世柄から適当な職場に腰を据えることができず，速記のできる秘書としてアルバイト生活を送っていました。ベッシーは正規の仕事を探す中で叔父のウィリー氏と密接に連絡を取り合っていましたが，彼はラフロイグの経営者であるイアン・ハンター氏の元で働く会計士でした。
　そんな暗雲の中で転機が訪れたのが1934年，ウィリー氏がハンター氏より女性の求人の連絡を受けるとベッシーはこのチャンスに飛びつき，スーツケースひとつを抱えてアイラ島に飛び立ちました。

　ベッシーは名門のグラスゴー大学を出ているだけに頭脳明晰であり，かつ人一倍強い好奇心を有するその性格は，ウイスキー作りという男社会の中でもずば抜けた頭角を現すほどであり，徐々にラフロイグの生産を一任されるようになっていきました。そしてハンター氏が1954年に亡くなられた際には，生前の知恵の全てが既に伝達されており最も信頼のおけるベッシーが，遺言によって次期所長・経営者に任命されました。

　ちなみにイアン・ハンター氏はラフロイグを創業し，その経営を長らく支えてきたジョンストン家の最後の末裔であり，子供もいなかったため，その死を機にジョンストン家によるラフロイグの経営は幕を閉じました。

　ラフロイグの経営がベッシーに委ねられて以降，伝統的なフロアモルティングを保持することや，アメリカンオークのバーボンバレルを熟成に使用することなど，数々の英断を下し，現在まで繋がる明確なラフロイグのルーツを築き上げていきました。
　また1960年から1964年にかけてはラフロイグのみならず，アイラ島のモルトを広めるために全米各地を駆け回り，文字通りアイラモルトをアメリカに浸透させるなど，圧巻の働きの数々をこなしてみせました。

最終的にベッシーは1972年に引退し，1982年に71歳でその人生の幕を閉じました。

今ではベッシーはその功績を受けて「アイラモルトをアメリカに広めた立役者」や「ラフロイグのファーストレディ」，「ラフロイグ中興の祖」などと呼ばれるようになり，ラフロイグの発展に対する彼女の多大なる貢献に感謝する人々が絶えません。