記事の概要
ウイスキーの製法については「ウイスキーの製法」という記事で簡単にまとめています。予めご一読頂くと理解がより深まるかと思います!
今回は一般的なウイスキーの原料である「穀物・水・酵母」について詳細に解説していきます!
\\執筆者情報//
初谷(はつがい)
ウイスキーに関わるあらゆる情報をまとめ,「ウイスキーを知りながらより深く楽しめる記事」を発信しています。
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【経歴】東京都立大卒|元公務員・ネット酒屋開業
【資格】JWRC公認ウイスキーエキスパート|ウイスキー検定2級
【その他】バンド「Candid moment」のドラマー
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ウイスキーの原料について
ウイスキーの原料について言及する際に,世界各地においてウイスキーの定義が異なっていることに留意しなければなりません。特に原料となる穀物の種類や添加物の有無については,地域によって異なる定義がされている場合もあるので,ここで解説する内容はあくまで一般的な内容とさせていただきます!
さてまず前提として,一般的な定義の中でウイスキーの原料とされているものは実は3つしかありません。それは「穀物・水・酵母」の3種類です。
この中でも穀物については,大麦を初めとしてとうもろこしや小麦,ライ麦など多様なものが原料として採用されますが,今回はウイスキー作りに最も密接に関わる大麦に限定して解説します。
それではではこれらの3種類の原料について,詳細に解説させていただきます!
「穀物」
大麦とは
大麦は古来より人類が糧としてきた重要な穀物の一種であり,イネ科の1〜2年草木で大麦属に属しています。人類によって食用利用されるようになったのは約1万年前と推測されており,日本へ流入したのは3世紀前後であると考えられています。
日本にて大麦が実際に普及したのは明治期以降でしたが,グルテンが少なく粘り気が少ないことから加工性が乏しく,食品用と言うよりかは酒類製造や醤油などの醸造用として広く活用されてきました。
ちなみに大麦の学名は「Hordeum vulgare L.」,英語では「barley」となっています。
また大麦はその麦粒の形態や品種などによって再分類が可能であるため,各種知識としてご紹介します。
播種時期による分類
- 春播き大麦
寒冷地(日本では北海道)で主流な春に種を播き,夏から秋にかけて収穫される大麦のこと。デンプン含有量が多いためウイスキー製造においてはこの春播き大麦が一般的に使用されています。
- 秋播き大麦
秋に種を播いて初夏に収穫される大麦のこと。国内では北海道以外にて,稲などの裏作として栽培されるため裏作麦と呼ばれることもあります。一部ウイスキーの原料として使用されることがあります。
形態による分類
- 皮麦
皮麦は本体の粒を包む皮のような穎(エイ)が剥がれず,粒と密着しており,脱穀時にも皮が剥がれないもののことです。のちに紹介する大麦の品種のうち,二条種の多くがこちらに属します。
- 裸麦
裸麦は穎と粒が容易に分離するものであり,多くの六条種がこちらに属します。麦飯などの食用に利用されるのはこちらになります。
品種による分類
- 六条種(六条大麦)
穂軸に平行な6本の穂列が等角度に実り,穂を上からみると正六角形状に見える品種になります。二条種と比較して得られる麦粒の数は多いが,比較的小さめで1,000粒辺り30グラム程度となっており,デンプンは少なめでタンパク質が多めに含有されています。
二条種と比較して糖化酵素の力が大きいことから,アメリカンウイスキーやグレーンウイスキーの製造において,多様な原料穀物を糖化させるために使用されています。しかし一般的な利用方法としては食用である場合が多いようです。
- 二条種(二条大麦)
穂軸につく実のうち,対面する中央の2列のみしか成熟しないことから,穂を引き目に見ると扁平に見えるのが特徴の品種です。六条種の6本の穂列のうち4本が退化した品種であると考えられています。
二条種は比較的一粒が大きく,1,000粒あたり50グラム程度の重量となっており,デンプンの含有量は多めでタンパク質は少なめです。
また二条種のうち醸造原料に指定された,通称「ビール麦」と呼ばれる,限られた一部の品種がウイスキーやビールなどの一般的な主原料とされています。
大麦品種と酒造の歴史
- スコットランド
スコットランドにおいて19世紀まではベア種と呼ばれる六条大麦の一種が酒造に活用されていました。しかしこのベア種はまだまだアルコール収率(※)の低いものでしあり,5000年ほど前から存在する古代品種になります。
当たり前ですが酒造においては効率の観点から,アルコール収率の高い大麦の使用が必須となります。そのためベア種の時代から現在に至るまでには,数多くのアルコール収率の高い品種が発明され,年代によって台頭する品種が異なっていました。
ここでは品種の移ろいについて年表形式でまとめていきます!
年代 | 代表品種名 | アルコール収率(LPA/t) |
---|---|---|
〜19世紀 | ベア(bere) | 概ね260(推定値) |
〜1900年 | シェバリエ(chevalier) | 概ね300 |
〜1950年 | スプラット・アーチャー(Spratt Archer) プラメージ・アーチャー(Plumage Archer) | 360-370 |
〜1968年 | ゼファー(Zephyr) | 370-380 |
〜1980年 | ゴールデンプロミス(Golden Promise) | 385-395 |
〜1985年 | トライアンフ(Triumph) | 395-405 |
〜1990年 | カーマルグ(Camargue) | 405-410 |
〜2000年 | チャリオット(Chariot) | 410-420 |
〜現在 | オプティック(Optic) コンチェルト(Concert) | 410-430 |
※アルコール収率(LPA/t)は1トンの麦芽から得られるアルコールを,100%アルコールに換算した場合の総量(L)のこと。LPAは「Liter Pure Alchol」の略。
「水」
仕込み水とは
「仕込み水」は製麦・糖化・樽詰めなど,ウイスキーの各製造工程で使用される水のことであり,全ての蒸留所が独自の水源から採取した水を採用しています。
もちろん仕込み水はウイスキーに直接添加されることになるので,酒質や香味を決定づける重要な要素のひとつとなります。
よって蒸留所の立地自体も,酵母の栄養ともなるミネラル分が適度に含まれた良質な天然水が豊富に得られる環境の有無に寄ることが多くなっています。
ここではこの「水」の性質を表す「硬度とpH」について解説します。
水の硬度
水に含有されるミネラル分は,その量によって水の味や飲み口の変化をもたらすだけでなく,酒類の製造における発酵の際に使用される酵母の増殖にも不可欠となります。
そこで水に含有されるミネラルの多寡を表す量的指標が「硬度」であり,特に日本やアメリカにおいては水中のカルシウムやマグネシウムに着目し,同様の働きをする炭酸カルシウムの総量に換算する方式で算出するのが一般的となっています。
硬度の計算式
硬度の単位:mg/L
計算式:
硬度(mg/L)=(カルシウム量(mg/L)×2.5)+(マグネシウム量(mg/L)×4.1)
ここでミネラルとはかなり広義的な括りであり,実際はカルシウム,マグネシウム,カリウム,ナトリウム…などの様々な無機塩類のことを指しています。
またこれらの無機塩類の構成はその水が辿る,雨水から地層への浸透過程で決定づけられるとされています。特に速度に着目すれば,遅いほど地層から付与されるミネラルが多くなるので,ヨーロッパやアメリカなどの広大な平地が多い場所においては,ミネラルを多く含んだ硬水が天然に多く存在することとなります。
また硬度の程度を表す客観的な定義はWHOの飲料水水質ガイドラインに記載があり,「硬度60度までを軟水,120度までを中硬水,180度までを硬水,それ以上は非常な硬水」とされています。しかし地域によって習慣的な区分けも存在し,日本では100度と300度を境に軟水・中硬水・硬水の分類を行うことが多いです。
酒造において硬水は不向きであるとする論調も存在していますが,ヨーロッパなどでは硬水を使用した銘酒が多く存在しているのも事実のため,個別の環境に適した酒作りを行うことが最も重要と言えるでしょう。
※仕込み水が中硬水の蒸留所の例
グレンモーレンジ,オーバン,グレンリベット,ストラスアイラ,スキャパ,ハイランドパーク,グレンキンチー…
水のpH
「ペーハー値」は液体の水素イオン濃度を表す数値になります。pHは0〜14の範囲で表され,7を中性として小さいほど酸性が強く,大きいほど塩基性が強くなります。風味との関係について,酸性の場合はすっぱい系の酸味感が,塩基性の場合は苦味やぬるぬるとした感触が感じられます。
ウイスキーの製造,特に国内においてはpH6.8〜8.1程度の仕込み水が使われてますが,発酵の過程で酢酸や乳酸などの酸が生じるため,ウォッシュの段階ではpH4程度まで下がります。このpHは蒸留後においても下がらず,樽熟成の際にも有機酸が生じるため,ボトリング時点でpH3程度となることが多いです。
またバーボンの製造において,蒸留廃液(pH4程度)を糖化の際に糖化槽に戻す「サワーマッシュ方式」が採用されていますが,これは槽内をpH5.5程度の酸性に保つことで糖化酵素の活動を刺激し,かつ雑菌の繁殖を防ぐ効果を目的としています。
「酵母」
酵母とは
酵母(yeast)は糖分をアルコールに転化する能力を有する単細胞性の微生物であり,菌界の子嚢菌の仲間になります。
この酵母は自然界にそのまま存在している野生酵母と,人間が用途に合わせて管理する培養酵母に分けられ,分類学上では60属500種ほどに大別されます。
多様な種類がある酵母の中でも,酒造や製パンに使用される酵母はサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に分類されるものになります。
酵素は嫌気環境下において糖類を二酸化炭素とアルコールに分解することができるため,酒造ではこれをアルコール発酵として利用しています。またこの反応の副産物として生じる有機酸や香味成分は酵母の種類によって変化するため,酵母の選定が生成物の風味を左右することとなります。
発酵の式
C6H12O6 → 2C2H5OH + 2CO2
酵母(サッカロミセス・セレビシエ)には慣習的に細分化された亜種があり,それぞれ用途が異なるため,代表的なものを次に紹介します。
酵母の種類
- ディスティラリー酵母
蒸留酒の製造にあたり,穀物や果物の発酵液中で増殖する酵母であり,1950年代に特にウイスキー作りのために開発された品種になります。現在のウイスキー作りでもこのディスティラリー酵母が主に使用されており,ペースト状や液状,顆粒状など,蒸留所に合わせた様々な形態で活用されています。
- ブリュワーズ酵母
現在市場にあるものはビールの発酵時に使用され,回収されたものである場合がほとんどであり,ホップの苦味やビールの香りがする黄褐色のペースト状や固体状で取引されます。かつてスコッチウイスキーの生産においてこのブリュワーズ酵母が主流でしたが,品質が一定とならないためスコットランドでは現在ほとんど使用されていません。
- ベーカー酵母
ベーカー酵母は特別な炭水化物の培養器内で,特定の条件下で繁殖して作られる酵母になります。外観は黄色みがかった灰色をしており,圧縮酵母の状態で取引されるのが一般的ですが,顆粒状や液状で取引されることもあります。
酵母の性状
- 上面発酵酵母
発酵末期にかけて液面に浮かんでくる性質の酵母(エール酵母など)
- 下面発酵酵母
発酵中は液内で分散しているが,末期にかけて沈殿する性質の酵母(ラガー酵母など)
- 産膜酵母
液面に皮膜を作りつつ生育する性質の酵母のことで,アルコール発酵は行われない(シェリーの酵母など)
酵母とウイスキー
実際にウイスキーの製造現場で使用されている酵母は,上記のうちディスティラリー酵母かブリュワーズ酵母のいずれか,もしくは両方をブレンドしたものになります。通常ウイスキーの発酵時には2,000〜5,000万個/mlと多めに酵母が添加されています。
ウイスキー製造にブリュワーズ酵母が使用されている背景には,ビール自体がウイスキーと同じく麦芽を原料とした醸造酒であり,ウイスキー自体も元々はビールを蒸留したものであったという歴史があります。
このブリュワーズ酵母による発酵は,酵母の違いによる風味的個性がとても出やすく,長い発酵時間を要します。そこで1950年代に安定的かつ効率的なウイスキー作りに適合したディスティラーズ酵母が発明され,徐々に置き換わっていきました。
なお日本ではビール製造業が発達しており,酵母の研究にも長けていることから,大手酒造メーカーの蒸留所などでは独自の個性を追求した酵母が使用されるケースが多くなっています。
逆にスコットランドではビール製造をビール工場の余剰酵母で行ってきた背景から,純粋培養されたディスティラリー酵母を外部(ケリー社やマウリ社など)から購入して使用することが多くなっています。この際に酵母はケーキ状のプレス酵母や顆粒状で取引されることが多かったのですが,近年では品質管理や効率性に優れた,液状の酵母も開発されており,利用が急速に広まっています。