発芽が完了した大麦は,成長を止めておかないとデンプンの消費が進んでアルコール収率が低下してしまうため,乾燥させて含水率を下げることで成長をストップさせます。
この大麦麦芽の乾燥を行う伝統的な設備はキルン(乾燥塔)と呼ばれていますが,現在もキルンで麦芽の乾燥が行われるケースは非常に稀となっています。しかし基本的な乾燥の原理は不変であるため,この記事ではキルンを活用した手法について解説していきます。
このキルンの原理としては,上層のメッシュ状の床に麦芽を設置してその下層から熱源として無煙炭やピートを焚き,その熱を持って麦芽を乾燥させるというものになります。
この際に麦芽を設置した層の温度が80℃を超えてしまうと糖化酵素の活性が失われてしまうため,通常70〜75℃程度で実施されます。最終的には麦芽の含水率が,微生物汚染リスク耐性や粉砕時の効率性が得られる,4〜5%程度まで下がると乾燥は終了となります。
また熱源にピートを多く使用した場合,燻煙に含まれるフェノール化合物が吸収されて独特なスモーキーさが付与されます。そのため表現したい風味に基づき,ピート乾燥と無煙炭乾燥の時間配分が変更されます。(ピートのみで全時間乾燥させることはごく稀)
キルンに設置される燻煙を逃がす役割を持った特徴的な形の屋根はパゴダ屋根と呼ばれており,19世紀末頃に著名建築家のチャールズドイグ氏によって考案されました。
このデザインは単に外観を追求したわけでは無く,構造的に空気をスムーズに流動させることが可能であり,電動システムを使用することなく乾燥効率が最大限に高められた設計でした。
そのためこのパゴダ屋根を有するキルンは,当時の蒸留業者の人気を多く獲得していました。
しかしより近代化された方法を採用し,より効率的な製麦を可能としたモルトスターの出現により,現在もキルンによる乾燥を行う蒸留所はごく僅かとなってしまいました。
▶︎ハイランドパーク蒸留所
ピート乾燥18時間・無煙炭乾燥20時間
▶︎ボウモア蒸留所
ピート乾燥15時間・熱風乾燥40時間
▶︎ラフロイグ蒸留所
ピート乾燥17時間・無煙炭乾燥17時間
▶︎バルヴェニー蒸留所
ピート乾燥12時間・無煙炭乾燥
▶︎スプリングバンク蒸留所
スプリングバンク:ピート乾燥6時間・熱風乾燥30時間
ロングロウ:ピート乾燥48時間
ヘーゼルバーン:熱風乾燥30時間
ピートはシダ類、コケ類、植物、海藻、ヘザーなどが堆積し、時間をかけて炭化してできた泥炭のことになります。一般的に「ピートは15cm堆積するのに1000年かかる」とも言われています。
自然に堆積するまでにとても長い時間を有するピートですが,実はスコットランドに豊富に存在しており,昔から家庭用燃料として使用されることもあった馴染み深い燃料でした。そんな背景もあり,ウイスキーの生産においてもピートが使用されるようになりました。
ピートの採取はピートボグと呼ばれる湿原にて,4〜5月にかけて行われており,採取後に3ヶ月程度自然乾燥させると燃料として使用可能になります。
また単にピートと言っても元となる植物の構成が地域によって異なるため,ピート産地の環境によってウイスキーに付与される風味も大きく変化してきます。
例えば海岸沿いのピートは海藻を多く含有しするためヨード香が卓越し,内陸のピートでは海藻が少ないので乾いた燻製香が,ヘザーを多く含有するピートからはヘザーハニーのような甘い煙たさが得られます。
【第2弾】ウイスキーの製法解説「製麦(モルティング)編」|ウイスキーラウンドアップ
記事の概要
ウイスキーの製法については「ウイスキーの製法」という記事で簡単にまとめています。予めご一読頂くと理解がより深まるかと思います!
ここの記事ではスコッチを例に取り、製造工程のうち製麦についてより詳細に解説していきます。
【前回記事】ウイスキーの製法解説「原料編」
\\執筆者情報//
初谷(はつがい)
ウイスキーに関わるあらゆる情報をまとめ,「ウイスキーを知りながらより深く楽しめる記事」を発信しています。
【Shop】ウイスキー専門店『Drinkable books』
【経歴】東京都立大卒|元公務員・ネット酒屋開業
【資格】JWRC公認ウイスキーエキスパート|ウイスキー検定2級
【その他】バンド「Candid moment」のドラマー
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製麦工程について
製麦を一言で説明すると,原料の大麦にを発芽させることにより、デンプンを糖類に変換させる酵素を有した大麦麦芽(モルト)とする工程のことを表します。
より具体的には,大麦を下記3点を満たした状態とする目的で行われる工程が製麦になります。
ここで製麦は下図のような8つの工程から成り立っているため,各工程について順を追って解説します!
※近年,製麦工程は専門の製麦業者(モルトスター)に委託されるケースがほとんどとなっています。このような業者に関する解説は記事の最後にまとめておきます!
収穫〜選粒
ポイント
モルトウイスキーの製造において,一般的に原料として使用されるのは春播きの二条大麦になります。そのため収穫時期はスコットランドでは概ね8月中旬ごろとなっており,収穫時点で大麦の含水率は20%程度となっています。
この大麦をこれから発芽させることとなりますが,大麦にはドーマンシーと呼ばれる休眠期間があるため,この間は発芽させることができません。
そこでひとまず収穫直後の大麦は,自然乾燥(風乾)させることによって含水率を12〜15%程度まで落とし,サイロで2〜3ヶ月間にわたって保存されます。
近年では品種改良によってドーマンシーの短い大麦も開発されているようですが,ある程度の期間は休眠させた方が均一に発芽が進行するため,しっかりと風乾・保存を行うのが一般的なようです。
休眠を終えた大麦は,以降の吸水や発芽の均一な進行を守るため,粒径によって2,3段階に選粒されます。またこの際に併せて発芽性能や寄生虫に関する検査が適用されます。
▼
浸麦
ポイント
選粒までを終えた大麦は,浸麦槽(スティープ)という大麦を水に浸す水槽に投入されます。
浸麦槽内にて,大麦に発芽の準備を整えさせるために「ウェット&ドライ」と呼ばれる,数時間ごとに水を抜いて空気に晒し,また水を入れるという作業を2〜3日に渡って繰返し行います。
水温は12〜16℃程度の冷水とし,酸素を十分に与えることで大麦がしっかりと吸水し,含水率は45%程度まで高められます。またこの作業は大麦の汚れを除去する役割も果たします。
ウェット&ドライを終えると,大麦の粒底部に幼根が見え始めており,いよいよ発芽の準備が整うこととなります。
▼
発芽
ポイント
浸麦を終えた大麦は,低温高湿度(15〜20℃)な環境が整えられた発芽室に移されます。
この発芽室にて,大麦を絶えず空気と触れさせることで呼吸熱を冷やしつつ,酸素を十分に供給することで発芽を促していきます。
発芽の進行過程では,麦粒外部に幼根が伸び始めると共に,内部で幼芽が成長し初めていきます。この際に粒内に潜在する糖化酵素が活発化し,デンプンが成長のエネルギーとして利用可能な糖類へと徐々に変換されていきます。
この作業は幼芽が麦粒の全長に対して3分の2程度となるまで行われ,デンプンの消費が始まる直前で終了されます。
ここで発芽工程の手法について複数の方式があるので,ここで紹介しておきます。
最も伝統的な手法であり,モルトマンと呼ばれる職人の手による人力で,床に敷き詰めた大麦の攪拌が行われます。
現在までフロアモルティングを継続している蒸留所は極僅かとなっています。
ドラム式は1873年にニコラス・ガラン氏が発明した手法をルーツに持つ,近代的なモルティング手法のひとつになります。
横向きに置かれた回転する円筒状のドラムに大麦を投入し,温度と湿度をコントロールした空気を送り込むことで発芽を促進します。
送り込まれる空気は,大麦の乾燥を防ぐために湿度100%に保たれています。
サラディンボックス式はフランスのチャールズ・サラディン氏によって発明された近代的なモルティング手法になります。
サラディンと呼ばれる,網目状の床を持つ箱形スペースに麦芽を敷き詰め,床下から空気を送り込むことで発芽を促進する方法です。
ドラム式の方が経済的であったため現在はほとんど淘汰されており,タムドゥー蒸留所のみがサラディンボックス式を採用しています。
現在最新の製麦設備はこのタワー式であり,発芽の工程のみならず全ての作業をひとつのタワー内で完結させることができます。
タワーは複数の層から構成されており,上から順に浸麦・発芽・乾燥の各工程を担う層が配置されています。次の工程に移行する際は,大麦を重力に従って下層に落とすだけなので,非常に効率的です。
▼
乾燥
ポイント
発芽が完了した大麦は,成長を止めておかないとデンプンの消費が進んでアルコール収率が低下してしまうため,乾燥させて含水率を下げることで成長をストップさせます。
この大麦麦芽の乾燥を行う伝統的な設備はキルン(乾燥塔)と呼ばれていますが,現在もキルンで麦芽の乾燥が行われるケースは非常に稀となっています。しかし基本的な乾燥の原理は不変であるため,この記事ではキルンを活用した手法について解説していきます。
このキルンの原理としては,上層のメッシュ状の床に麦芽を設置してその下層から熱源として無煙炭やピートを焚き,その熱を持って麦芽を乾燥させるというものになります。
この際に麦芽を設置した層の温度が80℃を超えてしまうと糖化酵素の活性が失われてしまうため,通常70〜75℃程度で実施されます。最終的には麦芽の含水率が,微生物汚染リスク耐性や粉砕時の効率性が得られる,4〜5%程度まで下がると乾燥は終了となります。
また熱源にピートを多く使用した場合,燻煙に含まれるフェノール化合物が吸収されて独特なスモーキーさが付与されます。そのため表現したい風味に基づき,ピート乾燥と無煙炭乾燥の時間配分が変更されます。(ピートのみで全時間乾燥させることはごく稀)
キルンに設置される燻煙を逃がす役割を持った特徴的な形の屋根はパゴダ屋根と呼ばれており,19世紀末頃に著名建築家のチャールズドイグ氏によって考案されました。
このデザインは単に外観を追求したわけでは無く,構造的に空気をスムーズに流動させることが可能であり,電動システムを使用することなく乾燥効率が最大限に高められた設計でした。
そのためこのパゴダ屋根を有するキルンは,当時の蒸留業者の人気を多く獲得していました。
しかしより近代化された方法を採用し,より効率的な製麦を可能としたモルトスターの出現により,現在もキルンによる乾燥を行う蒸留所はごく僅かとなってしまいました。
▶︎ハイランドパーク蒸留所
ピート乾燥18時間・無煙炭乾燥20時間
▶︎ボウモア蒸留所
ピート乾燥15時間・熱風乾燥40時間
▶︎ラフロイグ蒸留所
ピート乾燥17時間・無煙炭乾燥17時間
▶︎バルヴェニー蒸留所
ピート乾燥12時間・無煙炭乾燥
▶︎スプリングバンク蒸留所
スプリングバンク:ピート乾燥6時間・熱風乾燥30時間
ロングロウ:ピート乾燥48時間
ヘーゼルバーン:熱風乾燥30時間
ピートはシダ類、コケ類、植物、海藻、ヘザーなどが堆積し、時間をかけて炭化してできた泥炭のことになります。一般的に「ピートは15cm堆積するのに1000年かかる」とも言われています。
自然に堆積するまでにとても長い時間を有するピートですが,実はスコットランドに豊富に存在しており,昔から家庭用燃料として使用されることもあった馴染み深い燃料でした。そんな背景もあり,ウイスキーの生産においてもピートが使用されるようになりました。
ピートの採取はピートボグと呼ばれる湿原にて,4〜5月にかけて行われており,採取後に3ヶ月程度自然乾燥させると燃料として使用可能になります。
また単にピートと言っても元となる植物の構成が地域によって異なるため,ピート産地の環境によってウイスキーに付与される風味も大きく変化してきます。
例えば海岸沿いのピートは海藻を多く含有しするためヨード香が卓越し,内陸のピートでは海藻が少ないので乾いた燻製香が,ヘザーを多く含有するピートからはヘザーハニーのような甘い煙たさが得られます。
▼
除根
ポイント
乾燥を終えた麦芽は,仕込みが行われるまでの間モルトビンに保存されることとなりますが,根を残したまま保存してしまうと気中の水分を再吸収してしまいます。
よって麦芽に残る根は乾燥後であれば簡単に取れるため,モルトスクリーナーと呼ばれる機械を使用して除去しておきます。また麦芽のスクリーニング時に併せて人力で根を除去する場合もあります。
除去された根はモルトカルムと呼ばれており,豊富な栄養を含むので,ペレット状にして家畜の餌などに再利用されています。
製麦業者について
これまで製麦で実際に行われる工程についての解説を行ってきましたが,現在各蒸留所で製麦が行われるケースは稀となっており,専門の製麦業者(モルトスター)からモルトを購入するのが一般的となっています。また購入されるモルトは各蒸留所の定める規格通りに生産されます。
モルトスターは1960年代後半ごろ,アルコール収率の高いゴールデンプロミス種が登場して以来,その数を増やし始めました。加えて現在にかけては,近代的設備を導入することによってより効率性を向上し,大量生産・品質の安定・低価格化が実現されています。
またこれらの製麦業者には複数の工場を持つ大きなグループがいくつかあるので,ここではイギリスの主要な製麦企業と工場を紹介しておきます!
ディアジオ
ベアーズ・モルト
ボート・モルト
クリスプ・モルト
マントンズ
シンプソンズ
その他
参考資料
RWFmalting.com
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